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増田尚弁護士 |
法制審議会区分所有法制部会は、分譲マンションを建て替える決議の要件緩和のための区分所有法の改正要綱素案を昨年11月に発表しました。素案では分譲マンションの建替えが決議されるとマンションに入居中の賃借人に対し賃借権が消滅される制度の創設が検討され、同制度の創設に反対する増田尚弁護士から問題点を解説していただきました。
マンションなどの区分所有建物の建替要件を緩和するべく、法制審議会区分所有法制部会で、区分所有法の改正が審議されています。中間試案では、いわゆる分譲貸し物件があると立退に時間がかかり、賃貸人である区分所有者が協力しないなど建替が円滑に進まないとして、区分所有建物の賃借権を消滅させる制度を創設し、借地借家法の正当事由制度の適用を除外する考えが示されました。賃借権を消滅させる制度は、建替決議において賃借権の終期を定めることにより、専有部分の賃借権が当該期間を経過後に当然に終了する制度(A案)や、一定の補償金の支払と引換えに賃借権を消滅させる制度(B案)が提唱されました。
しかしながら、このような制度は、建物賃貸借契約の存続を図ることにより、賃借人の居住や営業の安定を確保しようとした借地借家法の正当事由制度を否定するものというべきです。
借地借家法28条は、賃貸人からの更新拒絶や解約申入れは、賃貸人と賃借人の双方の建物使用の必要性を主たる要素として、このほか、従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況、立退料等の財産上の給付をする旨の申出を補充的要素として、正当の事由がなければ、効力を有しないと定めます。このように、区分所有建物において建替決議がなされたとしても、それだけで正当事由を認めるのではなく、専有部分の賃借人の使用の必要性と比較衡量しつつ、正当事由の不備がある場合に、これを補完するものとして、相応の立退料等の財産上の給付をすることを勘案しています。ところが、中間試案は、建替決議がなされれば、賃借人の使用の必要性をまったく無視して、一律に正当事由を認めるに等しいものです。
また、B案の補償金の算定については、公共用地の取得に伴う損失補償基準(用対連基準)における賃借人が受ける補償(通損補償)と同水準とすることを想定しています。しかし、立退料は、あくまで正当事由の不備を補完する要素として考慮されるものであり、建替決議がなされた場合には用対連基準で立退料を算定すればよいという機械的な判断をしてよいことにはなりません。
賃借権を消滅させる制度は、分譲貸し物件において建替決議がなされた場合という限定された場面ではありますが、このような考え方が法定されれば、他の立退事件にも影響を及ぼすことは必至であり、まさしく「蟻の一穴」として、正当事由制度が瓦解しかねません。
当対策会議や全借連などが中間試案に反対する意見を提出したことを受けて、部会では、借地借家法の適用除外とする考え方が撤回されました。しかし、B案をベースとして、賃借権終了請求権を創設することになお固執しています。昨年11月21日の部会に示された「要綱案のたたき台(1)」では、賃借権終了請求権を創設したとしても、借地借家法に基づく「解約申入れや更新拒絶により賃貸借を終了させることができなくなるわけではなく、賃貸借の終了請求の…補償金の考え方は、従前の解約申入れ等による賃貸借の終了についての立退料の要否や額の考え方に変更を生じさせるものではない」と弁解します。しかし、賃貸人の都合により賃貸借契約を一方的に終了させるという点で共通する以上、正当事由の解釈に影響を与えないはずがありません。
審議会で要綱案がとりまとめられ、24年の通常国会にも法案が提出される見通しです。そもそも、賃借権消滅請求はディベロッパー側からの要求に基づき導入が検討されたもので、賃借人が求めたものではありません。賃借人の住まいの権利をいっそう不安定化させ、正当事由制度を骨抜きにする賃借権終了請求権の創設に断固として反対する運動を繰り広げましょう。
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