塩崎賢明(神戸大学大学院教授)日本住宅会議理事長に聞く
昨年十二月十三日開かれた二〇〇八年度日本住宅会議総会で、四代目の理事長に就任された塩崎賢明神戸大学大学院工学研究科部教授をお訪ねし、「全借連運動四十年を振り返り新しい全借連運動に期待するもの」をお伺いしました。
聞き手は、船越康亘全借連副会長・全借連新聞編集委員会責任者です。
船越 先生。全国の仲間のみなさん。あけましておめでとうございます。
塩崎 あけましておめでとうございます。
昨年末は、東京日比谷公園に「年越し派遣村」ができ、仕事と住まいを失い路頭に迷う五百名を越える労働者が村民登録を行なったと新年早々報道されました。
二十七年前、「人間にふさわしい住まいと環境をもとめることは、すべての国民の基本的権利である。国民のおかれている居住条件を直視し、住宅問題の本質を解明することは、今日、全国民がとりくむべき焦眉の課題である。私たちは、人間の尊厳が守られるような住宅と環境の早急な実現を求めるために、国民の英知の結集を願っている。」と呼び掛けて日本住宅会議が結成されましたが、派遣切れ期間切れで住まいを失った労働者が街にあふれる状況を見る時、「住まいは人権」「人間の尊厳に値する住まいの確保」を痛切に感じざるを得ません。
船越 このような状況の中でこの度日本住宅会議の新理事長になられた先生に大きな期待が寄せられています。
塩崎 年越し派遣村の活動を通じて明らかになったことは、労働者を物扱いにしてこれまで莫大な利潤をため込んだ企業の社会的責任と国民生活の基盤である住宅を社会保障として位置付けず儲けの手段として市場原理に委ねた住宅政策の政治責任が問われていることだと思います。
この中で、日本住宅会議は結成の目的の実現を目指して社会保障としての住宅政策の実現へ国民にキャンペーンする行動が求められています。
船越 全借連は、一九六七年十一月に結成され四十年が過ぎましたが、結成当時から比べて借地借家人をめぐる住宅事情の様変わりがよく云われていますが、先生はどのようにお考えでしょうか。
塩崎 全借連は、日本の住宅政策から置き去りにされた最も厳しい状況におかれている階層を組織されているものと考えています。
四十年前は、住宅戸数の絶対的不足であったが現在は約一割の空き家がありながら住宅問題が解決していない。
人口の都市集中は、都市の乱開発が進み狭小過密の住宅が乱立し、道路拡幅や区画整理事業などで一方的に立ち退きを迫られ、地代家賃の大幅値上げが社会問題となりました。その原因の一つとして地価上昇に応じて固定資産税都市計画税が増税され地代家賃の便乗値上げとなり、地代家賃統制令の廃止の動きなど要求課題が借地借家人にわかりやすい状況であったと思います。
それに比べて現在は、借地借家人の住宅問題は、ほとんど解決していないにもかかわらず、要求がわかりずらくなってきています。
その原因は、住宅に対するニーズが多様化し複雑化してきているのではないかと思われます。
たとえば、都市圏の借家率は減っていないが賃貸マンションが主流を占め居住者が借家住まいであるとの認識が希薄となっています。
そのために、借地借家法で保護されていることも知らない借地借家人が大半であり、居住の権利意識に乏しく、社会世相の変化などから組織されにくくなっています。
また、借地借家人の住宅のニーズは、居住の安定を求めて持ち家志向が依然として強いことにあります。
しかしながら、「狭いながらも楽しい我が家」を夢見て、支払いきれないほどの住宅ローンでマイホームを手にした労働者が、今日の不安定雇用の中で住宅ローンの支払に行き詰まり持家を手放し多額な借金を背負い家庭崩壊に陥っている事例も生まれています。
借地借家人の持家化を実現できる階層は極めて限られ、住宅をめぐる格差が拡大し、二極分化が深刻となっています。
住宅貧困のほとんどが、持家困難層の民間借家人であることからしても、かつての「持ち家か借家か」の二者選択の時代から「安全で安心して住み続けられるよりよい借家を」というニーズへ変わりつつあるのではないかと思われます。さらに、高層マンションが都心部に集中して建てられており、工事公害のみならずその周辺の住環境の悪化を招き、景観問題も生じる事になります。
そこに、これからの全借連運動の役割が期待されているのではないでしょうか。
船越 先の日本住宅会議の総会で湯浅誠NPO自立生活サポートセンターもやい事務局長は、借地借家法で住まいが守られていることを知らないために一方的に明け渡しに応じている労働者が多いことを指摘されていましたが。
塩崎 借地借家法や民法など住宅に関する法律は、言葉が難しく一般的には理解できない。高齢者や若者が簡単に理解できるような手引き書が必要ではないかと思います。
居住の権利が保護されている身近な法律でありながら多くの借地借家人が知らないということは、大学でもほとんど教えないことから学校教育にも問題があるのではないかと思います。
船越 ところで先生は、借地持家人だそうですが。
塩崎 もう五十数年前に父が通勤に便利な駅に近いところの約十二坪の借地上の建物を買い、今は空き家で老朽化し阪神淡路大震災級の地震では倒壊するのではないかと心配しています。
地代も半年で五万三千円とべらぼうに高く、早く建物を処分したいと考えています。しかし、地主は遠方に住んでおり、頻繁に連絡を取り合うこともありません。別に住宅もあり多額な費用をかけて建替える必要もありません。また、借地の境界線もあいまいであり新たに測量までして確定することも考えていません。借家にするとしてもリフォーム代も必要です。この際借地契約を解消しようと思いましたが、地主から更地にして返せと云われると解体費用が必要となります。本当に困っているのです。
船越 新たな借地供給は、定期借地を除くとほとんどありません。既成市街地に戦前長屋の借地や地方の城下町に借地上の木造建物が集中し、将来防災や街の再生などが大きな課題になった時新たな社会問題として、共同建替や地主の権利規制など新制度が必要となるのではないかと考えています。
ところで、私たちにとっては、安くて住みよい公営住宅の大量建設の実現は居住貧困の解消にどうしても必要だと考えていますが。
塩崎 これまで公営住宅は建てればよいという考え方が先行し、住宅困窮者の強い要求がありながら、遠距離通勤や買物が不便、近所に病院がないなど生活条件に見合う立地条件や既存の建物が高齢者世帯対応の居住条件として満たされず都市部でも空き家が目立つようになりました。また、公営住宅法の相次ぐ「改正」で「建てない」「入れない」「追い出す」を基本方針にし、低所得者世帯と高齢者世帯に入居資格者を限定し、本当に必要な住宅困窮者へ狭き門にしてしまいました。
住宅困窮者に魅力ある公営住宅を供給するとともに民間借家への家賃補助制度の創設が必要ではないかと考えています。
船越 高齢化社会と核家族化は、ますます進んでいますが、高齢者世帯の住宅問題は深刻で悲劇的な事態が相次いでいます。
塩崎 独居老人の孤独死が社会問題になっています。また、医療制度の改悪で病気になっても入院できる病院もなく、在宅介護を受けるための居住条件の確保もままなりません。
北欧諸国では、高齢者が安心して生活ができる居住条件は、国が社会保障制度の一貫として責任を持っており、高齢者が老人施設で生活することの不安感がほとんど感じられないと云われています。もちろん、高齢者の生活保障は、年金制度が充実し老後の生活不安を解消しています。まさに、福祉国家が成立しており、日本でもこのような国づくりを国民運動につなげていくことが重要だと思います。
船越 過渡期を迎えた全借連運動の新しい方向を示唆して頂き貴重なご意見をお伺いしありがとうございました。
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