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役立つ裁判事例

賃貸建物通常使用の損耗で原状回復義務特約が成立しないとされた事例

最高裁判例─賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負う旨の特約が成立していないとされた事例
(事案の概要)
賃貸人Yは地方住宅供給公社である。賃借人Xは平成10年2月にY住宅の一戸に入居し敷金353700円を差し入れた。Xは平成13年4月契約を解約して住宅を明渡したところ、Yは敷金から住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗についての補修費用を含む302547円(未返還分を差し引き残額51153円のみを返還した。XはYに対し通常損耗は敷引きできないとして敷金の未返還分全部と遅延損害金の支払いを求め本件訴えを提起した。Yは契約書に退去時の補修約定があり別表の補修負担区分表で通常の損耗も賃借人が補修するとの特約があるから敷引は有効であると争った。原審(大阪高裁)は、Yが主張した通常損耗の賃借人負担特約の効力を認めXの返還請求を棄却。Xが上告受理申立した。最高裁は逆転して特約の効力を否定し、大阪高裁判決を破棄し差戻した。(裁判所時報一四0二号六頁、最高裁ホームページ)。
(判決)
「賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定され、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払いを受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」とし、Yの契約書の通常損耗を含むとする補修特約について「通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明確であるとはいえず、したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない」し、口頭での説明もないから、同特約の効力はない、とした。
(寸評)
最高裁は通常損耗は賃料に含ませ回収すべきものであって、敷金から差し引くことは原則としてできない旨を明示した。賃借人が負担すべき範囲を明確に限定した画期的で正当な判決であり、最高裁判決であるだけにその価値は非常に大きい。

(弁護士 田見高秀)

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