建物の耐震性に問題がある建物に更新拒絶の正当事由が認められた事例
耐震性に問題がある建物と明渡請求の正当事由 東京地裁立川支部平成25・3・28判決(判例時報2201号)
1.この事件の建物は、昭和46年に建築された地上11階建、250戸の集合住宅で、当時の法律で定められた耐震性能を有していたが、阪神大震災などを契機とする法改正によって所要の耐震性を欠くに至り倒壊の危険ありと診断された。そこで賃貸人の独立行政法人都市再生機構(原告。もとを質せば日本住宅公団)は、耐震改修工事をすると居住性が低下し、改修費用は総家賃収入の約5年分、7億5000万円もかかるとして耐震改修を断念して建物を除却する(取壊)こととし、明渡の代償措置を提示して対象者204世帯と交渉して197世帯とは合意に至ったが、あとの7世帯(被告)に対し正当事由を根拠とする更新拒絶をして明渡訴訟を提起した。
被告は、賃貸人には修繕義務があり、耐震改修工事を行なう義務があるから除却はこの義務に違反して許されない、などと争った。
2.(1)判決はまず、原告の除却の判断について次のように述べる。「耐震改修をしない限り耐震性に問題がある場合、どのような方法で耐震改修を行うべきかは、基本的に建物所有者である賃貸人が決定すべき事項であり、その結果、耐震改修が経済合理性に反するとの結論に至り、耐震改修を断念したとしても、その判断過程に著しい誤びゅうや裁量の逸脱がなく、賃借人に対する相応の代償措置が取られている限りは、賃貸人の判断が尊重されてしかるべきである。」
(2)次いで、被告の修繕義務の主張に対しては、「民法の定める修繕義務は、賃貸借契約の締結時にもともと設備されているか、あるいは設備されているべきものとして契約の内容に取り込まれていた目的物の性状を基準として、その破損の為に使用収益に著しい支障の生じた場合に、賃貸人が賃貸借の目的物を使用収益に支障のない状態に回復すべき作為義務をいうのであって、契約締結時に予定されていた目的物以上のものに改善することを賃借人において要求できる権利まで含むものではない。本件建物は建築当時は法の定める耐震性を満たしていた以上、その後法改定があったからといって契約において予定されていた目的物の性状が失われたとみる余地はない。したがって、耐震改修は賃貸人の修繕義務の範囲外である。」と判示した。
(3)そして、判決は、「建物の除却(取壊)は居住者に立退きを余儀なくするものであるから、相応の代償措置を講じることによって明渡請求の正当事由が補完される」とした。そして、原告がとった代償措置は、確実に移転先が確保でき、移転費用が支払われたり、移転先家賃の減額・補助が受けられるなど、経済的負担等に十分配慮した内容となっているから正当事由の補完として評価できる旨、判示した。
3、この判決から汲み取るべきは、耐震性に問題があれば即取壊しが認められるわけではないこと、右の(1)、認められたとしても明渡請求には賃借人に対する「相応の代償措置」がなければ正当事由は補完されないこと、右の(3)である。(なお、同種事案について本紙558号参照)
(弁護士 白石 光征)