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建物明渡しは耐震性、老朽化だけでは明渡しの正当事由は具備されない

 本件は、3階建ての建物(以下「本件建物」と言います。)の1階部分の一部を賃貸期間5年間とし、賃借人がこれを歯科診療所として使用していましたが、期間満了とともに期間の定めのないものとなった後、賃貸人が解約申入れをした事案です。大きな争点となったのは解約申入れに係る正当事由の有無でした。裁判では賃貸人側から本件建物が旧耐震基準に従って建築(昭和49年9月に新築)された古い建物であること、地震による倒壊・崩壊の危険性、マンション建築等の計画等の主張がなされていました。
 本件の問題は、旧借家法1条の2に定められている正当事由の有無ですが、実質的には借地借家法28条が規定する「正当事由」と同じ事情が問題となります。この「正当事由」の存否は、賃貸人及び賃借人の自己使用の必要性を比較し、これに建物の現況、利用状況等を考慮し、その上で立退料を加味して判断されることになります。昨今、東日本大震災の発生に伴い解約申入れに伴う「正当事由」の判断要素として、旧耐震基準に基づき建築された建物の耐震性を主張されることがよくあります。
 本件では、本件建物を建築した建設会社による「地震の震動及び衝撃に対して倒壊し、または倒壊する危険性がある」との診断があったものの、耐震補強工事により耐震性を向上させられるとの一級建築士による意見書が出されていました。裁判所はこの意見書の客観性を認め「本件建物は耐震性に問題があり、老朽化がみられるけれども、その取壊しが不可避であると認めることは困難」としました。結論として賃貸人の分譲用マンション建築計画の存在から、耐震性に問題のある建物を取り壊すということの必要性を認めたものの、立退料なしでは「正当事由」は具備されないとして、立退料との引き換えによる明渡しを認めました。旧耐震基準に基づき建築された建物については、解約申入れに伴う「正当事由」の主張に際し耐震性が必ずと言っていいほど問題にされるでしょう。しかし本件のように必ずしもそれだけで「正当事由」の存在が認められるわけではありません。まず自己使用の必要性があるのかどうか、その上で耐震性等の事情が判断要素として考慮されることになります。
 なお、本件のような事例では老朽化もあわせて主張されますが、それだけでは、前記耐震性の問題同様、「正当事由」の具備を基礎づけることは困難と思われます。

(弁護士枝川充志)