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本来と異なる地主への地代供託が違法な債務不履行とならなかった事例

 先例性は乏しいかもしれませんが、所属事務所の高畑拓弁護士と共同受任し、2009年12月、東京高裁で逆転勝訴、2010年9月、最高裁で相手方の上告が不受理とされ、勝訴が確定した建物収去土地明渡請求事件について紹介させていただきます。
 この事件は、土地の地主が1992年の段階で現在の地主(原告は法人)に移転していたにもかかわらず、借地人である依頼者らが1959年の借地契約締結当時の地主を名宛人として地代を供託し続けていたため、現在の地主(原告)から地代不払を理由として借地契約を解除され、建物収去土地明渡を請求されたというものです。
 1審(東京地裁)は、借地人らが「供託の継続中に本件土地の登記内容を確認するなどして、原告(現在の地主)が本件土地の所有者であると知る機会を十分有した」として供託の有効性を否定し、地主側の請求を認めました。供託といえども、地代を支払い続けていたことに変わりないことから、借地人らは1審判決を不服として東京高裁に控訴しました。
 控訴審から受任した我々は、借地人が供託し続けていたこと、供託が借地人らのやむをえない事情に起因するものであったこと、高齢である借地人らに地主が十分な説明をつくしていなかったことを主張しました。また、借地人らを裁判所に同行し、借地人らの生の声を裁判官に伝えるよう努めました。借地人らは約50年近く本件土地に居を構え、1階部分で食堂を営んでおり(訴訟時は休業状態)、また高齢であったことから、今さら本件土地を明け渡すわけにはいきませんでした。
 控訴審(東京高裁)は、新たに土地の所有権を得て賃貸人となった者が、土地所有権について登記を具備したときには借地人に対し賃借権を有する、すなわち賃貸人たる地位を主張できるとしても、そのことから当然に借地人らに登記を確認する義務は措定できないとしました。そして、借地人らが長年に渡り供託を継続していたこと、他方で地主が長年放置し十分な説明を尽くさなかったこと等から、「借地契約の解除を容認するほどの違法な債務不履行があるとまでいうのは困難」として解除を無効とし1審判決を取り消しました。その後、最高裁は地主の上告を不受理として本件は終了しました。法形式上、本来の地主と異なる地主を名宛人として供託をしても、それが地代として有効にならないことは当然のことです。したがって、地代不払という事実だけみれば控訴審でも借地契約の解除が認められる可能性がある事件でした。しかし借地人らが供託をせざるをえなかった事情を法律上の主張に引き直し、あきらめずに裁判所に主張した結果、東京高裁は解除を認めるほどの違法性はないとしました。単純に考えれば難しい事案でも、その事案の背景を丹念に紐解き、粘り強く主張したことが結果に結実したのだと思われます。借地人らは現在も本件土地に居住しつづけています。

(弁護士 枝川充志)