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東京借地借家人新聞


2003年6月15日
第435号
 ■判例紹介  

敷金返還請求権と賃料債権との相殺の優劣は設定と取得の時期で決まる

 建物に設定された抵当権の物上代位権に基づき行われた賃料債権の差押と建物の賃借人が行った敷金返還請求権と賃料債権との相殺の優劣については、抵当権設定登記と敷金返還請求権取得時期の先後によって決するとされた事例(大阪地方裁判所平成13年12月20日判決。判例タイムズ1105号172頁)

(事案の概要)

 Xは、平成7年9月28日、Aが所有する本件建物に抵当権設定登記をした。Yは、平成11年9月6日、本件建物をAから賃借した。YがAに預けた敷金(賃貸借契約満了及び明渡完了後に、Yの負担する債務を控除して返還)及び建設協力金(平成11年12月から20回均等払で返還)については、Aに差押があった場合には、Yからの通知催告等がなくともAは当然に期限の利益を失い、直ちに全債務を弁済すること、Yの選択によりAの全債務とYの賃料等債務とを相殺できるとの約束があった。
 Xは、平成12年8月30日、上記抵当権の物上代位権に基づき、Yに対し、AのYに対する賃料債権を差し押さえた。そこで、Yは、Aに対し、平成12年9月21日送達の内容証明郵便で、平成12年9月末日以降生じる賃料債権と、YがAに対して有する建設協力金返還請求権及び敷金返還請求権とを、順次対当額で相殺する旨の意思表示をした。Xは、Yに対し、賃料の取立訴訟を提起し、Yは、上記相殺が有効である旨主張した。

(判決)
 本判決は、最高裁判所平成13年3月13日判決(判例タイムズ1058号89頁)を前提として、(1)上記最高裁判決は、相殺ができる債権の種類について一切言及せずに、差押と賃料債権の相殺の優劣について、相殺ができる債権の取得時期と担保権設定登記の先後により決すると判示し、敷金返還請求権につき異なる取り扱いをしていないこと、(2)敷金返還請求権は明渡を停止条件とする債権で明渡終了時までは発生しないこと、(3)敷金返還請求権が発生していない段階では、どの範囲で相殺を認めるべきかという根本的な疑問があり、賃料差押がされたことを理由に、賃借人の一方的な意思表示で敷金の賃貸人にとっての担保機能をないがしろにしてしまうのは妥当ではないこと、(4)破産法103条1項後段の解釈等の理由で、「賃料債権差押え後、明渡前に、将来発生する敷金返還請求権を自動債権とする賃料債権との相殺は、担保権者に対抗できない」旨判示し、建設協力金返還請求権についても、上記最高裁判決が適用され、相殺予約の合意があった場合も同様であるとして、Xの請求を認容した。

(寸評)
 敷金と未払賃料との相殺に対する賃借人の期待は大きいが、本判決はこれに反するものである。

(弁護士 堀敏明)




【借地借家相談室】

建物の朽廃で借地権は消滅するので
契約の更新を拒絶すると言われたが

(問)過去に2回借地の更新をしている。18年前に合意更新した借地契約の更新が迫っている。地主は建物が老朽化して朽廃状態なので契約の更新はしないので明渡しの準備をするように言って来た。

(答)
「借地借家法」(1992年8月1日施行)には「朽廃」に関する規定は置かれなかった。そのため建物が朽廃しても借地権は消滅しない(同法3条)。朽廃は「滅失」の場合として処理され、借地権の消滅原因ではなくなった。しかし、「借地借家法」施行以前に設定された借地権に関しては、同法附則5条によって「借地法」の「朽廃」規定が適用され、法定の存続期間の満了前に建物が自然に老朽化して建物としての効用を喪失した状態になった時点で借地権は消滅する(借地法2条1項但書)。
 朽廃というのは、一般的にいう建物に生じた自然的腐蝕状態によって建物の社会的・経済的効用を失った場合をいう。火災・地震・台風・水害等外部からの力で倒壊した場合の「滅失」とは異なる概念である。改築するために建物を取壊す場合も滅失になる。建物が「滅失」しても勿論借地権は消滅しない。
「朽廃」の規定が問題になるのは契約当事者が存続期間を取決めない場合である。例えば(1)法定更新の場合(2)更新請求による更新の場合(3)合意更新で期間を定めなかった場合、その(1)から(3)の法定存続期間中に建物が「朽廃」すると借地権は消滅する。(4)期間を取決めたが法定存続期間よりも短い期間を定めた場合も(1)から(3)の例に含まれる。
 ここで注意しなければならないのは、借地契約で鉄骨建物等の堅固建物所有の30年以上の存続期間を、その他木造建等の非堅固建物所有の20年以上の存続期間を定めた場合は「その期間満了前に建物が朽廃しても借地権は消滅しない」(最高裁1962年7月19日判決)。
 このように借地の存続期間を契約で定めている場合(借地法2条)、相談者の借地契約は期間を20年と定めているので、借地上建物の朽廃があっても借地権の消滅はありえない。従って地主は朽廃を理由に更新を拒絶することは出来ないし、建物が朽廃しても再築は可能である。



毎月1回15日発行一部200円/昭和50年5月21日第三種郵便物認可


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