敷金返還請求権と賃料債権との相殺の優劣は設定と取得の時期で決まる
建物に設定された抵当権の物上代位権に基づき行われた賃料債権の差押と建物の賃借人が行った敷金返還請求権と賃料債権との相殺の優劣については、抵当権設定登記と敷金返還請求権取得時期の先後によって決するとされた事例(大阪地方裁判所平成13年12月20日判決。判例タイムズ1105号172頁)
(事案の概要)
Xは、平成7年9月28日、Aが所有する本件建物に抵当権設定登記をした。Yは、平成11年9月6日、本件建物をAから賃借した。YがAに預けた敷金(賃貸借契約満了及び明渡完了後に、Yの負担する債務を控除して返還)及び建設協力金(平成11年12月から20回均等払で返還)については、Aに差押があった場合には、Yからの通知催告等がなくともAは当然に期限の利益を失い、直ちに全債務を弁済すること、Yの選択によりAの全債務とYの賃料等債務とを相殺できるとの約束があった。
Xは、平成12年8月30日、上記抵当権の物上代位権に基づき、Yに対し、AのYに対する賃料債権を差し押さえた。そこで、Yは、Aに対し、平成12年9月21日送達の内容証明郵便で、平成12年9月末日以降生じる賃料債権と、YがAに対して有する建設協力金返還請求権及び敷金返還請求権とを、順次対当額で相殺する旨の意思表示をした。Xは、Yに対し、賃料の取立訴訟を提起し、Yは、上記相殺が有効である旨主張した。
(判決)
本判決は、最高裁判所平成13年3月13日判決(判例タイムズ1058号89頁)を前提として、(1)上記最高裁判決は、相殺ができる債権の種類について一切言及せずに、差押と賃料債権の相殺の優劣について、相殺ができる債権の取得時期と担保権設定登記の先後により決すると判示し、敷金返還請求権につき異なる取り扱いをしていないこと、(2)敷金返還請求権は明渡を停止条件とする債権で明渡終了時までは発生しないこと、(3)敷金返還請求権が発生していない段階では、どの範囲で相殺を認めるべきかという根本的な疑問があり、賃料差押がされたことを理由に、賃借人の一方的な意思表示で敷金の賃貸人にとっての担保機能をないがしろにしてしまうのは妥当ではないこと、(4)破産法103条1項後段の解釈等の理由で、「賃料債権差押え後、明渡前に、将来発生する敷金返還請求権を自動債権とする賃料債権との相殺は、担保権者に対抗できない」旨判示し、建設協力金返還請求権についても、上記最高裁判決が適用され、相殺予約の合意があった場合も同様であるとして、Xの請求を認容した。
(寸評) 敷金と未払賃料との相殺に対する賃借人の期待は大きいが、本判決はこれに反するものである。
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