権利金の性格をもつ敷金が新所有者に返済債務の承継が認められた事例
建物賃貸借契約に伴って差し入れられた金員が敷金と権利金との性質を併有している場合において新所有者による返還債務の承継が認められた事例(東京地裁平成一二年一〇月二六日判決、金融・商事判例一一三二号)
(事案の概要)
賃借人は、賃料月額二二万六三八〇円でラーメン店のために建物一階を賃借し、敷金一〇七八万円を差し入れた。敷金額は坪当たり八〇万円で計算され相場と認識されていた。契約終了時に一割五分を償却し、明渡し三ヶ月後に返還するという特約があった。
建物所有者の抵当権者が競売を申し立て、競落した新所有者は、敷金の返還債務となる額は、賃料の七ヶ月分相当の一五八万四六六〇円であると、訴訟を起こした。
(判決要旨)
本件敷金は賃料の四八・五倍であって不払い賃料の担保としては通常必要な範囲をはるかに超えている。坪単価で提案した金額を相場の敷金と当事者双方が認識していたことに鑑みると、本件敷金は、本件営業上の場所的利益の対価である「権利金」の趣旨も併有している。本件敷金についての契約条項によれば、基本的には債務の担保となる「敷金」であるとともに、「権利金」の性質も兼ね備えるものとして、賃貸借契約と密接に関連する重要な要素の一つとして合意したものである。そして、当事者間では、本件敷金は明渡し後に償却分を控除して返還されることが明確に合意されている。本件敷金の中の「権利金」の性質にのみ着目して、経済的意義を考えてみても、営業上の場所的利益の対価は、賃借人が賃借時に賃貸人から場所的利益を買い受ける対価として賃貸人に支払うものであるから、契約終了時には、対象建物を返還するのと引換えに、賃貸人が賃借人に対し原状回復として場所的利益をそのまま返還させることが合理的な対価の授受であると評価できる。このような当事者の意思に鑑みると本件敷金にかかる返還約束は純粋な敷金関係と同じく、本件賃貸借契約と密接に結びつき、かつ建物所有者である賃貸人の地位にとって重要な経済的意義を有する権利関係として、本件建物の所有権を取得した新所有者にも引き継がれるものと解するのが相当。
(説明)
建物の競売などで新所有者になった者が敷金、保証金、権利金等賃借人から交付された金員について返還債務を引き継ぐかどうかの問題である。建物所有者が変更したとき敷金は新所有者に承継される(最判昭和四四年七月一七日)が、保証金は承継されない(最判昭和四八年三月二二日)。
権利金は格段の特約のない限り契約終了時にも返還を受けられない(最高裁二九年三月一一日判決)というのが判例である。
敷金をめぐる賃借人と建物債権者との利害について、返還額を制限して債権者を優先しようとする現在の傾向の中で注目すべき判決である。
(弁護士 川名照美)
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